自分の心を自分で決める日(園便りNO.8)

 5月頃、小さな女の子がお母さんに抱っこされて幼稚園見学にやってきました。満3歳児のわくわく広場の子どもたちと同じ年の子でした。小学校のお兄ちゃん同士が同じ学校であったという関係で、在園のお母さんがこひつじ幼稚園をご紹介してくださったと聞きました。可愛いお洋服に髪の毛がクルンクルンの小さな女の子は、対応する私と目を合わせないように、お母さんの首にがっしりとしがみついていました。名前は、あやかちゃんと言いました。お母さんは、自分の手から離れ、幼稚園に入るなんて考えられないようでした。「うちの子、絶対に泣きます。大丈夫でしょうか」と、とても不安そうな表情で尋ねられました。私は「大丈夫ですよ」と答えましたが、「家に帰って考えてみます」と言い残し、帰って行かれました。私は、このスリルが大好きです。いずれ、子どもが「自分の時間で、自分の心で、自分らしく」心を決める時がある事を知っているからです。その時を知ったお母さんの表情は、心からわきあがる幸せな表情を見せてくれるからです。しかし、あくまでも「自分らしく心を決める時は、自分の時間」であるのに、お母さんによっては、その日が果てしもなく先のことと感じられたり、その日を早めようとしたり、お母さんがその日を決めてしまおうとして、つい口うるさくなったりしてしまうのです。
見学から1ヶ月ほどして、あやかちゃんのお母さんは、意を決して、わくわく広場の仲間入りをしにやってきました。お母さんの不安をよそに、私の教師魂が、熱くなっていくのが分かりました。
お母さんの予想通り、教師たちの予想通り、あやかちゃんの幼稚園生活は涙・涙で始まりました。毎日毎日泣き続けました。「オー、オー」と言う泣き声が、耳につくほどでした。それでもお母さんは、「宜しくお願いします」と言って、泣きそうになるのをこらえて、帰って行かれました。苦しい毎日だったことでしょう。
あやかちゃんは泣いている自分に言い聞かせるように、「もう泣かないの」と、私に伝えてくるようになりました。それでも、涙は止まりませんでした。しかし、いつも泣きながら、みんなの遊ぶところにいて、みんなのやっていることをじっと見ていました。担任のゆかり先生は、泣きながらポツンとしていても、そっと見守るようにしていました。
それから2ケ月ほどたち、運動遊びが盛んになった頃、時々、泣かずに走るあやかちゃんがいました。泣いていても泣かなくても、年長さんたちがいつもゴールで両手を広げ、走ってきたわくわくさんたちを包んでくれていました。あやかちゃんも、年長さんたちの胸に包まれていました。運動会が終わった頃、泣き声ではなく、おしゃべり声を耳にすることが増えました。「走ったの」と教えてくれました。「そろそろ、心が整ってきたな」と、私は感じていました。ゆかり先生を信頼し、笑い合っている様子を見て、嬉しくなりました。
ある日、ニコニコのあやかちゃんが、しゃがみ込んで園庭の様子を見ていました。私と目が合い、ニコッとしてきました(私にはそのように見えました)。私は近づいて行き、あやかちゃんと同じ格好をして、「今日はパリンコ(わくわくさんが、よく食べるおやつ)を食べる日なの?」と聞きました。「違うの、今日はお弁当なの」と返事が返ってきたので、「今日からお弁当食べるの?」「うん、アンパンマンのなの」「へ―、アンパンマンなんだ。楽しみだね」「うん」「お片付け終わったら、お弁当なんだね」「うん、そうなの。食べるの」と。初めての長い会話が実現できました。お弁当の時間を見に行くと、わくわくの仲間と、楽しそうに過ごしていました。「自分の時間で、自分の心で、自分らしく」心を決めたのだと、はっきり思われ、心の成長を感じられた嬉しい日でした。お母さんにお伝えしようとしたら、すでに担任から聞いておられ、美しいお母さんの表情を見ることができました。長い頑張りが報われたことでしょう。
あやかちゃんが休んだ日、わくわく組の子どもたちが、「今日は、あやかちゃんはお休みなの」と報告してくれました。年長組の子たちからは、唐突に「あやかちゃん、この頃泣いてないよね」なんて、話題にしてきます。年長さんたちも、気にしながら過ごしていたことが分かりました。
子どもたちの世界は、おもしろいです。どんなに泣いていても、「もうおしまい、泣かないの」などと、大人のようには決して言いません。もしかしたら、泣いていたっていいのだとか、泣きやむ時を自分で決められると分かっているからなのかもしれません。園庭にポツンと一人立って、泣き続けたあやかちゃんは、決して一人ぼっちではなく、一人で泣きながらみんなの様子を見ており、他の子たちは、自分の遊びをしながら、心の片隅に、涙のあやかちゃんを思っていてくれたのだと感じました。
「泣いている」と言う現状にばかり心を奪われず、「自分の時間で、自分の心で、自分らしく」心を決める時を十分に保障し、「心の扉を自分から開ける」その時に、そっと背中を押すことのできる存在でありたいものです。みんなで過ごしている時間ですが、その中で「一人の時間」もよく、「みんなと過ごす時間」もよく、「心が自由な時間」がよく、「目標を見つけ没頭する時間」がよく、「仲間と心を合わせる時間」もよく、その時々に、「自分の時間で、自分の心で、自分らしく」心を決めることを繰り返し、心は育っていくのだと思うのです。前に進まない子どもは一人もいません。必ず、新しいすばらしい一歩があることを信じてほしいのです。
 また明日、「心の扉を開く子」がいます。また明日、「自分の心を自分で決める子」がいます。子どもは、すばらしい存在なのです。

*11月の予定*
1日 2020年度入園受付
19日 生活発表会
20日 視覚支援学校交流日(年長組のみ)
21日 フリーマーケット
22日 山鼻小学校の児童 職業体験
25日 身体測定 避難訓練(地震)
    アドベント第1週
26日 なにぬねのの日
27日 クリスマス準備の会
28日 誕生会
29日 アドベント第2週